親孝行大賞受賞作品 ★親にありがとう賞★ 『まだまだできる応援団』

【ペンネーム(掲載時のお名前)】阿江さん
【性別】女性
【年齢】67
【住所】兵庫県 加東市

【「親孝行大賞」のタイトル】
 まだまだできる応援団

【「親孝行大賞」の本文】
今年九十四歳の母は、介護施設でお世話になっている。我が家から車で十分もかからないところにあるので、毎週二回、都合をつけては母の話し相手に行っている。

 おしゃべりをする中で、近頃、自分が何もできなくなってきたと嘆くことが多くなってきた。できなくなってきたことの一番に挙げたのが、筆で字が書けなくなったことだった。筆で字が書けないと困るのは、歌会始の詠進歌が投稿できないかららしい。

母が若い頃から短歌会に入り、短歌を詠んでいることは知っていた。しかし、詠進歌を投稿していたことは知らなかったし、半紙に筆で書かなければいけないことも知らなかった。

 それで、少し詠進歌について調べてみると、代筆でもパソコン印字でもいいらしいが、親に似ぬ悪筆で代筆などとてもできたものではない。また、パソコン印字は、大正生まれの母がどうしても受け入れない。

それならば、母が書くしかない。
「お母ちゃん、できない、できないと嘆くより、まずやってみよう、やで」
私は施設に半紙、下敷き、文鎮、筆ペンを持ち込み、面会室の一角で練習を始めた。施設の方も興味津々で、腕が思うように伸びない母のために、少し低いテーブルを用意してくださった。そして、半紙に書き始めた母の字を通りすがりに見ては、
「上手やねえ」
と声をかけ、それこそ上手に励ましてくださるのだった。

 私は私で、母が三十分間、おしゃべりもせずに一心に半紙に向かう姿と、何十年も筆で字を書いてきた人の筆遣いに、
「お母ちゃん、すごいなあ」
と、心から言えるのだった。そんな練習を三かいくらい重ねた後、母は詠進歌を書き始めた。

令和二年のお題は、「望」。
母は、その歌をもう作っていた。

何回も書き直して、一応、母納得の作品を仕上げ、無事投稿することができた。入選など程遠いことであるが、母にとっては今年もまた投稿できたということが、生きる励みなのだとつくづく感じた。
 
嬉しかったのは、その後、母が続けて筆で書いてみようという気になり、写経を始めたことである。また、母の姿を見てくださっていた施設の方が、興味のある人を集めて習字サークルを作ることを検討していると聞き、感謝の思いでいっぱいになった。

このできごとから、母の「まだまだできること応援団」になることが私にできる親孝行かなと気がついたところである。

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