親孝行大賞受賞作品★ちょっといい話で賞★『明日、笑えますように』

【お名前】塚本さん
【性別】男性
【年齢】18
【住所】京都府長岡京市

【「親孝行大賞」のタイトル】
「明日、笑えますように」

【「親孝行大賞」の本文】
深夜2時、遠く離れた実家にいる父にメッセージを送信する。高校3年生になると同時に始めた父とのやりとりは、半年を迎えた。もう寝ているだろうから返信は明日になる。どんな言葉が返ってくるのか、楽しみな思いを抱きながら目を瞑った。

小学4年生の頃、僕は毎日のように泣きながら作文を書いていた。新聞記者である父が子供に作文を教える、ありがたいことかもしれないが、最高に嫌いな時間だった。この拷問の時間は、全寮制の高校に行き親元を離れるまで続いた。

いつの間にか文系の全てが嫌いになってしまい、高校では理系の勉強ばかりをしていた。ただ、オードリーのラジオを聴くようになり、オードリーの若林さんのエッセイ本を読むようになり、それを真似て文章を書くようになり、本を出すことが夢になった僕は、不思議なことに文章だけが好きなものだったのかもしれない。

高校1年生の夏休み、父が脳出血で倒れた。後遺症によって、視力と左手のわずかな握力だけが残った状態となり、歩くこと、話すことはできなくなった。初めて動かない父を見たときの悲しさは、はかり知れないものであった。ただ、寮生活をいいことに家族のことから目を背け、悲しさを薄れさせていった。

父が倒れちょうど1年が経った頃、夏休みのため、久しぶりに実家に帰った。夜、くつろいでいる僕に母は「お父さん、生きている意味がわからないんだって。殺してくれ、だって」と言った。返す言葉がなかった。返す権利すらなかった。父からずっと目を背けてきたのだから。

時折父が見せる笑顔、ただそれだけで大丈夫だと目を背けてきた。寝たきりの父の辛さを理解できることはない。「殺してくれ」わずかな左手の力で画面に打ったこの文字を母に見せる時の辛さを、理解できることはない。このままではいけない、ただその事実だけは理解できた。

「初めて読む人が見たらわからん。書き直し」父から送られてきたメッセージには、2年ぶりの文章のダメ出しが記されていた。これぐらいわかる、そんな反骨心を抱きながら、変わっていないことに嬉しさが込み上げた。

この日の前日、高校2年生の春休み最後の日、父に直接文章を見せた。笑っていた。父のもとで僕の夢を叶えたい。片思いが実った時、父は誰よりも笑ってくれるだろう。

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