ほっこり親孝行物語『聴いてもらうだけで癒される』志賀内泰弘

心残りなことがあります。
「もっと母の話を聞いてやればよかったなぁ」
と、今になって思うのです。よく、「ここが痛い、あそこが悪い」などと、年中口にしていました。そのほかにも、「ああしなさい、こうしなさい」という小言や、随分昔の思い出話など、私の顔を見るたびに何か言っていました。正直、うるさいなぁと思っていました。
その多くは、以前にも聞いた話でした。
「これで3回目だよ、その話は」
と言うと、
「そうだっけ、いやだわ忘れっぽくなって」
と苦笑いしていました。

実は、
「365日の親孝行」(レベラル社)という本を書いたのにも、そこらそこに理由があります。
親孝行、したい時には親はなし。
「親孝行をしてる?」
「親孝行だった?」
と尋ねられて、「もちろん」と答えられる人は、ほとんどいないと言います。
私も、もちろん、その一人です。

さて、もう15年近く前のこと。「プチ紳士・プチ淑女を探せ!」運動の創刊したばかりの月刊紙「プチ紳士からの手紙」7号で、こんなお話を掲載しました。

    *    *    *    *    *

京都府宇治市に、親しくしているタクシーの運転手さんがいます。都タクシーの安宅祐喜(ゆうき)さん、67歳(当時)です。安宅さんは、四年ほど前に五十歳くらいの一人の女性を乗せました。無線で呼ばれて自宅まで迎えに行き、少し離れた病院までお連れしたそうです。そのときの接遇が気に入っていただけたのか、その後もずっと安宅さんを指名されたといいます。

通院は月に一度だけでしたが、そのうち、近くのお寺などの行事にお供するようになりました。年に四、五回、安宅さんが花や紅葉の見所を調べておいて、「ここはいかがですか」と提案します。それも、ガイドブックにも載っていない穴場ばかりを。

春には、宇治の城南荘。ここは住宅街の中にある桜の隠れた名所です。ときには、食事も一緒にされます。先日訪ねたのが「鮎宗(あいそう)」。この店のおすすめの一品、「うなぎの飯蒸し(いいむし)」を一緒にいただいたそうです。
安宅さんは、
「何も特別なことは、させてもらってはいません」
と言います。ただ、
「人は、人に話をするだけで問題の解決になると言いますよね。実は私の場合は、何か悩みを聴くということすらしていません。一緒に美しい景色を観て『キレイですね』『本当にキレイですね』と言ったり、『美味しいですね』『はい』と相槌を打ったり、ただそれだけなんです」

傾聴ボランティアという活動があります。読んで字の如し。高齢者の話を、耳を傾けて聞いてあげるという、ただそれだけのことです。しかし、簡単なようでいて難しいといいます。

話し相手や茶飲み友達になるというのではなく、本当に心を傾けて聴くことが必要だといいます。かといって、アドバイスをするのでもない。相手の立場に立って聴くのにも、相当の訓練が必要になるそうです。

京都へ行くと、安宅さんのタクシーに乗ります。非番の日に訪ねて、一緒にお茶を飲むこともあります。今思い返すと、悩み事があって疲れていたり、体調が優れないときにも、安宅さんと話をすると不思議に元気になったことに気付きます。だからまた、安宅さんに会いたくなります。

安宅さんは、別にこの傾聴ボランティアを学んでおられるわけではありませんが、「話を聴く」ことに長けておられるのでしょう。ただ「聴く」ということに、こんなにもパワーがあるなんて知りませんでした。

それにしても、忙しさにかまけて母の話を満足に聞いてやれなかったことが悔やまれます。たとえ何度目かの、同じ話であったとしても。

    *    *    *    *    *

「365日の親孝行」(レベラル社)の中に、「仕事が忙しいけれど、丁寧に丁寧に親と接する・・・「今」は一度きり」という項目を入れました。

忙しいけれど、ゆっくり話を聞いてあげるだけで、充分に親孝行になると思うのです。

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