ほっこり親孝行物語『親の思い、娘の思い』志賀内泰弘

たくさん「ちょっといい話」を取材して書いてきましたが、その中でもっとも心に残る話があります。「親孝行」にまつわるエピソード。「プチ紳士・プチ淑女を探せ!」運動の月刊紙「プチ紳士からの手紙」37号に掲載、その後、「眠る前5分で読める 心がスーッと軽くなるいい話」(イーストプレス)にも収めたお話です。

   *   *   *   *

「親の思い、娘の思い」

お酒のせいもあったのでしょうか。ある宴席でのこと、たまたま隣席した友人・加藤太伸さんが問わず語りにこんな話を始めました。

加藤さんには、二人のお子さんがいます。兄妹です。二人とも、お父さんが会社から帰ると、飛びつくように迎えてくれ、一緒にお風呂に入り、一緒の布団に入ります。寝る前には、必ず同じ絵本を読んでくれとせがみました。その後は、よく「しりとり」をしました。二人は、「お父さんをやっつけよう」と言い、最後が「ら」で終わる言葉ばかり選んで、「ら」攻撃でお父さんをやっつけたと喜んでいたそうです。

ところが、娘さんの様子に異変が起きます。小学5年生になったある日のことでした。
「もうお父さんとは一緒にお風呂に入らない」
と言い出しました。加藤さんは、どうにも寂しくてたまりません。でも、「よくここまで成長したなぁ」と思いました。

中学生になると、大きな変化がありました。加藤さんを避けるようになったのです。そばにいて、よそよそしい。以前のように可愛がりたい。そう願えば願うほど、娘さんとの距離が遠くなっていきました。それが高校生になるとエスカレートしていきました。加藤さんと会わないようにしているのが見て取れるほどに。

どうしても家族で出掛けなければならない時には、不機嫌そうにしています。腹が立ち、叱ります。それがきっかけでケンカに発展してしまい、娘さんは自分の部屋にこもってしまうこともありました。

一軒の家に住んでいるのに、娘さんは顔を会わせようとしません。加藤さんが帰宅すると、車の音が聞こえたとたんに自分の部屋にこもってしまうのでした。
ショックだったのは、お風呂です。あれほど一緒に楽しく入っていたのが、加藤さんが入ったお湯を全部流して入れ替えるのでした。

ここまでは、ひょっとすると、世界中どこにでもある父と娘の笑い話かもしれません。でも、さらに続きがありました。高校3年生の時、「地元の大学に行ってほしい」と言うと、こんな言葉が帰って来て愕然とします。
「お父さんと同じ空気は吸いたくない」
勝手に東京の大学に決めてしまい、家を出て行きました。

加藤さんは、寂しくて寂しくてたまりません。でも、これほど避けられると、どうすることもできない。悶々とする日々を過ごす中、知り合いのこんな話を耳にします。家業を息子さんに継いでもらいたいと思っていた。

ところが家を出たまま帰って来ない。電話にも出ない。そこで、ハガキを毎日書くことにした。別に特別のことは書かない。「元気か?」程度。でも、毎日毎日書き続けたら、なんと家に戻って仕事を継いでくれたというのです。加藤さんは、すぐさまハガキを買いに行きました。最初の一枚にこうしたためました。

「これから毎日はがきを書きます。返事はいりません。ただお父さんがお前のことを思っていることを伝えたいのです」
毎日毎日、書きました。それは、歯磨きやひげそりのように生活の一部になりました。でも、返事はありません。電話の一本さえも。 

やがて季節が過ぎ、冬になりました。ある日、用事で奥さんと一緒に上京することになりました。嫌がられるのは承知で「会いたい」と連絡しました。すると、娘さんから返事があり、1年近くぶり会えることになりました。そして、
「バイトがあるから、8時に渋谷のハチ公前で」
という知らせ。
田舎の娘が東京で一人暮らしている。正直、夫婦とも心配でたまりませんでした。そこへ、こんなメッセージです。新幹線の中、夫婦で、良くない想像をしてしまいます。
「ひょっとして男ができたのでは・・・」
「誰かに騙されているんじゃないか」

待ち合わせの時間まで、不安は募るばかりです。そこへ娘さんが現れました。ホッとしました。一人だったからです。「どこかお店へと」と歩き出そうとしましたが、「ちょっと待ってね」と言います。
(やっぱりか・・・)
「きっと男が現れる」と感じました。もう心臓が弾けそうです。
そして、8時ちょうど。娘さんが、言います。
「ほらあれ」
と、駅前のビルの壁にある、大きな電光画面指差して。そこで、文字が流れました。
「おとん、おかん、迷惑かけてごめんなさい」
加藤さんは涙があふれてきました。一瞬で何も見えなくなるほどに。娘が父親の気持ちを受け止めてくれたと言う喜び。成長してくれたという安堵。それらが入り交じって言葉が出ませんでした。

加藤さんは、その後も娘さんにハガキを書き続けました。その数は卒業するまでに、1700通を超えました。ついに最後まで返事は来ませんでした。でも、ときおり、帰省することがあると、
「お父さんの日記・・・」
と言い、冊子を渡されます。こちらから送ったハガキを日付順に並べ、ガムテープで止めて1冊の本のようにして持って来てくれるのでした。

その後、娘さんは「戻って来て欲しい」という願いもむなしく、東京で有名企業に就職しました。3年が経ったある日のこと、
「転職する」
と言い出しました。相談もなく、事後報告です。その会社名を耳にして反対しました。それは世間で「ブラック企業」と噂されるような、労働環境が厳しい会社だったからです。すると、娘さんは言いました。

「父さんがハガキに書いて来たでしょ。会社を選ぶな。自分を高めてくれる仕事を選べって。今の会社では、自分の力を試す機会がないの。勉強しろって言わないの。次の会社は、日々努力と成長求めてくる会社なの。確かに外から見たらブラックかもしれないけれど、常に勉強して成長していく仲間が集まる会社なのよ」

そう真顔で言う娘さんに、加藤さんは一言も言い返せなかったそうです。加藤さんにもはっきり覚えていました。「楽な道を選ぶな。厳しいけれど楽しめる道を選べ」と書いたことを。
「困り顔」をしつつ、加藤さんの嬉しい気持ちが伝わって来ました。

さて、後日談です。娘さんは、その新しい会社で「やりがい」を見出し、グループのリーダーとなって活躍しているそうです。職場で出会った男性と結婚もしました。今では、旦那さんと一緒に「里帰り」してくれるそうです。

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