第三回「親孝行大賞」受賞者発表!

  • 2022年2月28日
  • 2022年3月1日
  • 第三回
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親孝行大賞

  • 京都府京都市 鈴 木 美 智 子様 (50代女性)

『天国の母への親孝行』


全盲の母は、42歳の時、第1回視覚障害者マラソン大会への出場を決め、唯一の家族である私は、必然的に伴走者となった。
3週間の練習の後、3キロの部に出場し、初の大会で母は優勝した。
以後、35年間、二人三脚での、練習と大会の日々が続く。
「継続は力なり」「出来る人と違って、出来なければ、人の何倍も何十倍も努力しないといけない」と言い、たゆまぬ努力を重ねた母。
走り始めて3年目、「フルマラソンを走ると足が棒になると聞くけど、自分で体験したい」と、母が選んだのは、ホノルルマラソン。中学3年、受験の年で迷う私に、「1週間学校休んで落ちるようなら、休まなくても落ちる」と、母はきっぱり言い、共に参加。ゴール直後は、疲労が大き過ぎて、「二度とこんな事はやめよう」と言っていたのだが、日が経つにつれ、走り切れた喜びと感動が沸き上がり、帰りの飛行機の中では、「来年も絶対来ようね」という言葉に変わっていた。
ホノルルマラソンに魅了された母は、亡くなる半年前まで、32年間、参加を続けられた。
市民ランナーの目標である、フルを4時間以内で完走する「サブ4」も達成し、母が次に掲げたのは、サロマ湖100㎞ウルトラマラソンという大きな挑戦だった。
「走歴10年、どれだけ力が付いたか試してみたい。一生一度の思い出作りに!」
母の伴走で始めたマラソンだが、いつしか私自身の生き甲斐にもなっており、母の提案する「一生一度の思い出作り」に胸が弾んだ。
結果は、時間を少しオーバーしての完走。
勿論、母は翌年リベンジし、時間内完走出来るようになり、以後計8回の100キロ完走を果たした。
その母は、32回目のホノルルマラソンより帰国後、癌が発覚、病勢が強く、半年で天国に旅立ってしまった。
母の伴走をした35年間、母と過ごした47年間を、「本当に親孝行だね」と、多くの方に言われたし、母にもいつも感謝された。
しかし、22歳で失明し、死を選ぼうとした時期もあった母が、マラソンを転機とし、「私より幸せな人がいるのかしら」「目から感じる光は無いけれど、心はいつもいい天気」と言いながら、前向きに輝いて生きている、その母の側に居られる事が本当に幸せで、私の原動力であった。
「3キロから始めたマラソンが、100キロ迄走れるようになった。マラソンに出逢い、生きる喜びを感じられた。この喜びを、一人でも多くの人に伝えたいし、味わって欲しい。自分の体験を無駄にせず、誰かの役に立てる生き方がしたい」との強い思いで、生涯、マラソンの素晴らしさを伝え、走り続けた母。
残りの半生、母の強い意思を必ず継ぐ。
それが、母に届くと信じて行う、私の親孝行!


いい話で感動した賞

  • 池田学園池田小学校 中 江 結様
  • 佐世保市立柚木中学校 茂 山 聖 菜様
  • 埼玉県所沢市 つよしさん様 (70代男性)

<代表作品>池田学園池田小学校 中 江 結様の作品

『お母さんのシワ』


 わたしのお母さんのおでこには、シワがあります。
 いつもは、かくれて見えないシワですが、いえにかえると、とつぜんあらわれます。それは、わたしと4さいのいもうとが、よるねないで、さわいでいたときに、
「はやくねなさい」
と、おこるとあらわれて、つぎの日の朝にも、お母さんの大きな声といっしょにシワもあらわれるのです。
 そして、いつもいうことばが、
「はぁ、シワがふえる」
です。
 なんでおこると、シワができるのか、わたしはふしぎでした。いもうとが、
「ママがおこるからシワシワになるんだよ」
というと、
「おこらせることするからでしょう。いいからはやくおきなさい」
といってまたシワができます。
 お母さんは、おでこのシワを、きにしているのだとおもいました。
 どうしたらシワが、きえるのか、お父さんにきいてみました。
 でも、シワは、きえないようです。だけど、
「ビックリするくらいのいいことをしたら、シワがきえるかもよ」
と、きいたので、きょうからいいことをしようとおもいました。
 さいしょに、いもうとをおふろにいれて、つぎに、おせんたくものをたたむおてつだいをしたら、お母さんがビックリしてよろこんでくれました。
 いいことをすると、お母さんはニッコリしてシワものびます。お母さんがよろこんで、ニコニコわらってくれると、シワもわらっているようで、わたしもうれしくなりました。
 これがわたしのおやこうこうです。
 シワは、なくならないけど、わたしは、お母さんがわらったときのシワもだいすきです。
 つぎは、どんなおやこうこうをしようかな。


こころぽかぽか賞

  • 岐阜県飛騨市 たまろう様(50代男性)
  • 東京都清瀬市 もみじ様(30代男性)
  • 愛知県名古屋市 住 田 沙 織様(30代女性)
  • 東京都江東区 デシ様(60代男性)
  • 栃木県宇都宮市 Lil’Mii様(20代女性)
  • 埼玉県さいたま市 たかみ様(40代女性)
  • 東京都世田谷区 Taiyo様(10代男性)
  • 福岡県福岡市 石 本 恵 里 香様(20代女性)
  • 神奈川県横浜市 糸車様(70代女性)
  • 兵庫県神戸市 宇 治 孝 夫様(40代男性)
  • 東京都渋谷区 一番星様(50代男性)
  • 愛知県一宮市 ごん様(40代男性)
  • 山口県光市 永 茂 文 彦様(40代男性)
  • 埼玉県さいたま市 しゅう様(50代男性)
  • 大阪府大阪市 ユメハヤ様(30代女性)
  • 滋賀県守山市 ヨッコ様(60代女性)
  • 福岡県福岡市 まる子様(20代女性)
  • 北海道室蘭市 菊地達之様(40代男性)
  • 岡山県都窪郡 山 崎 裕 美 子様(30代女性)
  • 愛知県豊川市 ゲーマー様(30代男性)

<代表作品>東京都清瀬市 もみじ様の作品

『親子の再出発』


リトルリーグで野球をやっていた少年時代。もちろん夢はプロ。だけど高校進学と同時にその夢は絶たれた。原因は親父。日に日に増えてゆく酒量は親父をアルコール中毒に陥れた。借金もしたし、会社をクビにもなった。そのせいでお袋はパートを増やし、俺は進学を諦めた。何だか悔しくて、悲しい。親父に買ってもらったグローブを質屋に売った時、思わず涙があふれた。その時のお金はまだ取ってある。いつかこのグローブ以上のものを買うために。
進学の道を絶たれ、しばらく何もできなかった僕も野球とは全く関係のない仕事に就いた。いま思えば運命の仕業だったのだろうか。5年後に炭酸水の開発を任された。最初は戸惑ったけど勉強していく中でそれがアルコール中毒に効くことがわかった。炭酸水にはお酒のような口当たりがあり、気分も良くしてくれる。だけどお酒より格段に健康に良い。今は病院や介護施設、アルコール中毒の自助グループでも積極的に取り入れられている。僕が自助グループに営業に行くのも契約のためじゃない。親父みたいに酒で失敗した人間を救いたいんだ。彼らはお酒が「おいしい」んじゃない。誰かが「こいしい」だけ。だから炭酸水を飲みながら色んな話をする。手を握ることもあれば肩を抱くこともある。この前炭酸水を贈ったら、親父も喜んでいた。「これを早く飲んでいたら酒がやめられたのに」って酒臭い顔で言っていた。本当は酒なんてやめたいんだと思う。親父の目にうっすら滲む涙を僕は見逃さなかった。野球は諦めたけど、親父のことは諦めたくないんだ。考えてみれば37歳の僕の人生は、まだ7回裏くらい。野球では8回表で大量得点もあるし、9回裏のサヨナラゲームだってある。つまり終盤戦も見逃せない。今はまだ酒が手放せない親父も、いつか酒と縁を切ってくれる日が来てくれるんじゃないかと思う。確かにひどい親父だったのも事実。だけど僕に野球を教えてくれたのも事実。アルコールを克服するために頑張ってるのも事実。僕ができる事は応援していく事。そのために、1本を1ミリに、1ミリを1滴にする努力を僕は惜しまない。
いつか来るだろうか。親父と乾杯できる日が。その時にはこの炭酸水を飲みたいと思う。グラス同士が合わさる「チン」の音は、親子の再出発の号令になるはずだ。


ちょっといい話で賞

  • 浜松市立都田中学校 田 中 瑠 威様
  • 浜松市立都田中学校 内 山 沙 南様
  • 池田学園池田小学校 枦 川 航 大様
  • 池田学園池田小学校 小 瀬 戸 倖 太様
  • 下松市立下松中学校 武 永 晴 輝様
  • 京都府京都市 みかん様(10代女性)
  • 岡山県岡山市 生ヵ縫凜様(20代)
  • 静岡県藤枝市 おねえちゃんやってます様(20代女性)
  • 広島県呉市 はやと様(10代男性)
  • 神奈川県足柄上郡 のはる様(60代男性)
  • 大阪府豊中市 大阪のアン様(80代男性)
  • 東京都狛江市 かをりん様(60代女性)
  • 広島県安芸郡 弁天丸様(20代女性)
  • 愛知県豊川市 ことの様(30代女性)
  • 神奈川県横浜市 ぽこたん様(30代男性)
  • 福島県郡山市 ショコラママ様(40代女性)
  • 千葉県流山市 ヒラサワ様(30代女性)
  • 高知県香南市 内山眞知子様(50代女性)
  • 奈良県北葛城郡 じゅんご様(40代男性)
  • 富山県砺波市 みーまま様(30代女性)

<代表作品>京都府京都市 みかん様(10代女性)

『あの時は気付けなかったこと』


それは私の幼い頃の話だ。
私は幼稚園に通っていたのだが、帰りの幼稚園バスではいつも疲れて眠ってしまっていた。バスを降りる時には起こされるわけで、寝起きの私は極度に不機嫌であった。もっとねたいのに眠れないという八つ当たりからか私はバスを降りた瞬間から一歩も動こうとしないそうだ。どんなに母が説得しても1時間ほどはずっと動かない。
 そんな時、私の母はいつも私を置いていくわけでもなく、無理矢理連れて帰るでもなく、一緒に気がすむまで待ってくれていたのだ。真夏の炎天下でさえも待ち続けてくれていた母の優しさに私は気づけていなかった。

 そして、これは私の最近の話だ。
母と買い物に行くときに、私は急いでいるとついつい歩くのが早くなってしまったり、先を行ってしまったりする。しかし歳を重ねた母が、17歳のペースについていくことはできず、遅い足取りになりがちだ。そんな母を私はもどかしく思っていたのだが、ふと気付いた。
母は私の幼いわがままに付き合ってくれていたのに、私はというとただ自分のことだけを考えていただけだった。今度は私が、母に寄り添う番であったはずなのに。

 もう今では、私は母の優しさにも、自分の自分勝手なところも気づくことができるようになった。今からでも、母のペースに合わせて待つことのできる喜びも感じられるだろう。


ハッピー賞

  • 浜松市立都田中学校 鈴 木 一 誓様
  • 浜松市立都田中学校 和笑様
  • 浜松市立都田中学校 荻 碧 衣様
  • 延岡市立土々呂中学校 羽 賀 大 晄様
  • 池田学園池田小学校 上 片 平 悠 希様
  • 池田学園池田小学校 稲 盛 智 人様
  • 下松市立下松中学校 安 渡 輝様
  • 下松市立下松中学校 佐 川 星 衣様
  • 下松市立下松中学校 竹 尾 凌 翔様
  • 福井県福井市 たかゆき様(40代女性)
  • 東京都府中市 りんりん様(20代女性)
  • 福岡県朝倉市 感王寺美智子様(女性)
  • 埼玉県川口市 相 坂 唯様(20代女性)
  • 埼玉県さいたま市 角 奈緒也様(80代男性)
  • 山梨県甲州市 発展途上の父様(20代男性)
  • 埼玉県さいたま市 ぴー様(30代女性)
  • 熊本県熊本市 はるちゃん様(40代女性)
  • 北海道函館市 はこなつ様(30代女性)
  • 東京都世田谷区 くり様(40代女性)
  • 静岡県藤枝市 鈴 木 奈 保 子様(40代女性)

<代表作品>山梨県甲州市 発展途上の父様の作品

『一番の親孝行とは』


 私はお世辞にもよく出来た息子とは言えないと
自分でも思っていました。
時間だけが過ぎていき親も世間的におじいちゃんと
認知される歳になり
親孝行とは程遠い、迷惑をかけるばかり

私は常々、一番の親孝行とは孫の顔を見せてあげること
だと思っていました。
自分に出来る親孝行はそれしかないと。

無事に結婚し子供も授かり
親に孫の顔を見せることが出来ました。
こんな自分でもやっと親孝行出来たと

ある日そんな話を友人宅にてしていた所
友人の父が一番の親孝行はそんなことでは無いと
孫の顔を見れたことも嬉しいと思うが
それ以上に息子が親になっていく姿を
見れたことが嬉しいと言うか親孝行じゃないかなぁと
それが全てでもないし一番って訳でもないけどな。と

そんな話を聞き親孝行に正解はないんだなと思いました
一番も二番もなく、小さいも大きいもなく
息子が大きくなっていき言葉も覚えるようになると
パパって呼ばれるだけで、親孝行されてる様に感じて
友人の父の言葉の意味が少しづつ分かるようになりました


元気になったで賞

  • 池田学園池田小学校 古 川 瑚 都様
  • 愛知県稲沢市 菱 川 町 子様(70代女性)

<代表作品>愛知県稲沢市 菱 川 町 子様の作品

『もうちょっとだけ』


 ふわっと浮いたと思った瞬間、地面に叩きつけられ激しい衝撃が体を襲った。やってしまった。落馬したのだ。乗馬歴30年だというのに……。ガイドは慌てて車を呼び、私を病院に連れて行った。レントゲン写真を見るなり医者は言った。
「鎖骨骨折です。肋骨も2本折れていますので手術が必要です。家族を呼んでください」
 私は娘に電話しなければならないと知り、折れた鎖骨より頭が痛くなった。76にもなってまだ馬にうつつをぬかし、挙句の果てに骨折・手術と聞いて娘はどう思うだろう。
「九州で馬に乗って来るよ」
「落馬しないでね」
「好きで落馬してるんじゃないの!」
 馬旅行前のお決まりの会話だ。確かに私は、これまで背骨の圧迫骨折、左手首、肋骨、今回の鎖骨とご丁寧に4回も骨折している。その中にはこともあろうにオーストラリアで落馬し、肋骨骨折で肺に穴が開いた。飛行機の着陸時の減圧で肺から空気が漏れ、死に至る恐れがあると言われ、穴が塞がるまでの3週間、オーストラリアで療養生活をした事もある。
 いい歳をした母の度重なる落馬、骨折に娘はどれ程心配した事だろう。これ以上迷惑をかけたくない私は、今回こっそり手術を受け、何食わぬ顔をしてすませようと思った。しかし、病院としては手術や麻酔で何かあった時、家族にいてもらう必要があるのだ。私は仕方なく電話した。できの悪いやんちゃ坊主が母親に通知表を見せる気分だ。
「もしもし、また落馬しちゃった。手術するんで、明日病院に来て」
「えっ、手術…… 明日……」
 パート務めの娘は、私からの突然の呼び出しに驚いた。いきなり「明日来て」に、文句は言ったがそれ以上は言わなかった。しかし職場の同僚達には、
「とんでもない母親だね」
 と言われたらしい。
 手術の経過は順調で、10日ほどして退院した。久しぶりの我が家での入浴に心が弾む。腕が上がらないので娘に脱がせてもらい、浴室で見守ってもらう。
「母さん、治ったらまた乗るんでしょ」
 半ば諦めたように娘は呟く。
「心配かけるね。ごめん」
「くらーい顔して一日中家にこもっているより、笑顔で走り回ってくれた方がいいよ」
 娘は手桶で私の肩にお湯をかけてくれる。お湯はビロードのような肌触りで、ほっこりほっこり流れていく。心まで包み込むような温かさだ。母と娘の関係が見事に逆転した瞬間だった。
 私は野外騎乗が好きだ。モンゴルを始めオーストラリア、アメリカなど世界各地を馬で駆けまわって来た。娘は嬉々として馬に乗る年老いた母に、「馬に乗る事はやめて」と言った事は一度もない。一人娘の自分が他家に嫁ぎ、夫に先立たれ一人暮らしを余儀なくされた母の寂しさが、馬に乗る事で解消できるならと、言いたい事を胸に収めているのだろう。
 私の気持ちに寄り添ってくれる娘よ。母は感謝しているよ。でも、もうちょっとだけ我慢してね。


ハートフル賞

  • 大分県佐伯市 かなばる様(30代女性)

『結婚記念日』


 父と母の33回目の結婚記念日。
その日、父は病院のベッドに寝たきりだった。
病気で、話すこともできなくなった、太い点滴に繋がれた父。

何かできないかと考えた結果、
二人の結婚記念日をお祝いするアルバムを作ろうと思い立った。

妹二人と協力して、
父や母の写真を探したり、子どもの頃の家族写真を懐かしんだりしながら作っていった。

そして、病院から連絡があった。
あまり状態が良くないらしく、今日から病院に家族の誰かが泊まってほしいとのこと。
母はバタバタと寝泊まりの準備を始めた。

夜、病院でアルバムを作っていると、母が到着した。
本当はサプライズで渡すつもりが、まだ出来上がっていないので、母の隣で作業を続けた。

ようやく出来上がったのが23時ごろだった。
なんとか結婚記念日に間に合い、アルバムを渡し、寝たきりの父に見せた後、
母を残し、病院を出た。
すると、病院を出てすぐ母から着信があった。
父の呼吸が止まったと。

慌てて引き返すと、父は静かに目をつぶって穏やかな顔をしていた。23:45だった。

父はどうしても結婚記念日に天国に行きたかったのかな、と思う時間だった。

結婚記念日をお祝いするアルバムこそ、
私が父にしてあげられた最初で最後の親孝行だ。


こころにビタミン賞

  • 浜松市立都田中学校 山 本 彩 葉様
  • 浜松市立都田中学校 古 橋 美 玖様
  • 浜松市立都田中学校 松 下 侑 生様
  • 浜松市立都田中学校 飯 尾 亮 太様
  • 浜松市立都田中学校 山 本 幸 乃様
  • あきる野市立秋多中学校 神 津 は る か様
  • 下松市立下松中学校 廣 實 日 向様
  • 下松市立下松中学校 白 井 倫 太 郎様
  • 広島県広島市 きむらあらた様(男性)
  • 東京都品川区 アオイ様(20代女性)
  • 大阪府枚方市 藤本大吾様(40代男性)
  • 東京都武蔵野市 きゃきゃ様(20代女性)
  • 宮城県仙台市 ベッキー様(50代女性)
  • 岐阜県揖斐郡 もあ様(10代女性)
  • 長崎県長崎市 あーちゃん様(30代女性)
  • 鳥取県米子市 ひな様(20代女性)
  • 香川県高松市 きらら様(40代女性)
  • 新潟県佐渡市 カンナクズ様(50代男性)
  • 兵庫県姫路市 でん様(50代女性)
  • 北海道札幌市 仙豆様(30代女性)

<代表作品>広島県広島市 きむらあらた様の作品

『あなたの息子で良かったです』


 新卒でマスコミ業界に就職。実家の大阪を出て、大都会東京で一人暮らし。やっと手に入れた初任給で親孝行しようと決意したが、何をすればいいのか…。考えに考えて、両親に温泉旅行をプレゼントすることにした。
「おかん、就職してちょっと慣れてきたし次の週末実家帰るわ!」
「わかった~、何食べたいんや?から揚げか? ハンバーグか?」
「から揚げ頼むわ」
恥じらいなのか、有難うも言えないバカ息子でごめんなと思いながら、電話を切った。
夕方ごろ実家に到着し、から揚げを食べ、父親と酒を飲みながら他愛もない会話をして、それを母は少し離れて聞いている。
父は大きな声で笑い、母は会話に入っては来ないが頷きながら笑っていた。
会話の流れで、温泉旅行のプレゼントをそっと渡して、
「初任給余ったから、これ。二人で行ってきい!お土産待ってるわ」
と、また恥じらいから感謝の言葉を添えて渡すことはできなかった。
父と母は喜んでいるかは分からなかったが、とても驚いていた。
「ほんまにええの?せっかくの初任給やのに」
と何度も何度も確認してくる母。
父は、温泉旅行のパンフレットとチケットを見ながら一言も喋らず酒をもう一杯飲んだ。
東京に戻った僕は、プレゼントしたことを忘れていたが、不意に母から写真が送られてきた。
旅館の前で父と母が肩を組んで笑っている写真。
この写真を見ていると、こっちまで笑ってしまう。親の写真で、笑うなんてことあるのかと少し驚いた。大人になった気がした。初めての親孝行は満足いくものだった。
それから数十年。私も結婚し、娘が二人。質素な生活ではありますが、幸せな日々だった。
父は認知症になり、老人ホームで生活している。会いに行くと「お、若い衆。名前なんだっけ」と毎回自己紹介から始まる。
そんな父が、いつも昨日のことのように、話す。「俺には息子がいて温泉に連れて行ってくれたんだ」と。
息子が酒を飲めるようになったこと、本当は三人で温泉に行きたかった事、温泉の仲居さんみんなに息子に招待されたと自慢したこと…。
私が息子だということは分かっていないようだが、いつも満面の笑みで「自慢の息子だ」と締めくくる。
うんうん。と母と私は毎日聞く。そして、毎日、「お話聞かせてくれてありがとう」と伝え、1日が終わる。
私の初めての親孝行は失敗ではなかったのかなと少し安心した。そして、聞くたびに涙と笑みがこぼれてくる。あなたの息子で良かったですと。


スマイル賞

  • 長野県上伊那郡 かきちゃん様(60代男性)
  • 愛知県刈谷市 二島なつめ様(40代女性)

<代表作品>長野県上伊那郡 かきちゃん様の作品

『俺がやる』


 65歳にして食道がんに罹ってしまい入院。その宣告が受け容れられず、でもどうしようもなくて一人もがいていた時、長男から電話がありました。直ぐに見舞いに行けない詫びかと思いきや、治療法からセカンドオピニオンのことやらいろいろ調べていて、うじうじしている私の考えるべきことを率直に伝えてくれました。
 「そんなこと言ったって、どうしようもないじゃないか」と答えた私に、「こうして欲しいと決めてくれれば、後は俺がやる。ガンセンターとも直接話をした。任せろ」と言ってきたのです。
 長男と何回かのやりとりがあった後、結局、地元の病院に全てを任せたのですが、あの「俺に任せろ」と言ってくれた言葉に勇気を貰い、そこでようやく病気を受け容れることができたと思います。入院して初めて見舞いに来てくれた時に心底「何とか治りたい」と思いましたし、なかなか治療効果が出ない間も諦めない気持ちを持ち続けることができました。
 親孝行など毛頭求めるつもりはありませんでしたが、気持ちが通じる親子だからでしょうか、子どもの真心が伝わった時は「これが親孝行か」と実感しました。
 コロナでここ2年近く長男と会えていませんが、月に2~3度は孫からテレビ電話をかけさせてくれています。その都度、画面の隅っこで垣間見ることができる長男の顔を探してしまいます。孫とならば話題も豊富ですが、子どもとは話題が持てません。要件だけ話したら終わりという関係ですが、それでも子どもとの強い心のつながりを今でも求めているんだと思います。
 病気に罹ったことで、自分がいかに弱い人間であるかを思い知らされましたが、家族の精神的な支えが生きる力になっていることも確認できました。親孝行というのは形で決まるものではなく、こころの在り様で決まるものです。「俺に任せろ」は何の保証もない長男の心意気だったかも知れませんが、最大限のことを親にしてやろうとする決意であったことは確かです。あいつは、優しい親孝行な息子であります。


ホスピタリティ賞

  • 福島県白河市 月見どろぼう様(50代男性)

『マグロの刺身』


 実家で暮らしていた父も兄も姉も相次いで亡くなり、母が一人暮らしになった。
私は週末になると、会社から実家へ直行する。翌日の母の通院の付き添いのため泊まるのだ。通院の朝は早い。順番を取るために母と朝7時には家を出る。待ち時間と診察、そして点滴で午前は終わってしまう。病院の売店で、おにぎりを買って、車の中で食べながら家へ帰る。家に戻ると母は、ほっとするのか「夕飯はマグロの刺身が食いてえなあ」もう夕飯を気にしている。私は苦笑いして「タバコ一本吸わせてくれ」という。母の夕飯は早い。午後4時には食べたがる。私はスーパーから二人前のマグロの刺身を買ってくる。母は小鉢に大量のしょうゆを注ぎ入れ、わさびを溶いて、マグロをどっぷり浸して食べる。塩分が気になるが、実に旨そうに食べるのだ。その顔を見て、私も顔がほころぶ。「母ちゃん、うまいか?」歯の無い口で笑い、「マグロうめえな」と母がいう。私に出来る、せめてもの親孝行だ。母ちゃん、また来週もマグロ食べような。


親にありがとう賞

  • 浜松市立都田中学校 須 佐 美 慶 太様
  • 浜松市立都田中学校 大 道 颯 汰様
  • 浜松市立都田中学校 松 下 颯 太様
  • あきる野市立秋多中学校 吉 岡 佑 菜様
  • あきる野市立秋多中学校 香 坂 彩 名様
  • 池田学園池田小学校 古 川 大 和様
  • 池田学園池田小学校 宇 根 乙 羽様
  • 福島県郡山市 くりかな様(40代女性)
  • 愛知県豊田市 回様(40代女性)
  • 神奈川県横浜市 畑心様(10代男性)

<代表作品>神奈川県横浜市 畑心様の作品

『頼ってほしい親心』


 いつの日からか、母の手伝いをするようになりました。
最初は興味のあった料理から。
少しずつ洗濯をしたり、服を畳んだりしたりするようになりました。
段々と母のしていたほとんどの家事をできるようになり、母がいなくても一人で家事をできるようになったのです。

買い物に行き、予算内でできるものを考え、残ったものを使えるようにメニューを考えます。料理の合間に洗濯をし、掃除をして過ごすのは意外にも楽しく感じたものです。

そんな中、足の悪い母の代わりにすべての家事を受け持とうとしたことがありました。
「足が悪いんだし、私がやるよ」そう言った私の言葉を聞いて母は思いもよらないことを言いました。
「家事は私の仕事。手伝ってくれるのはうれしいけれど、私の責任を果たしたい」
頼られるのも親の仕事よ、そんなことをいう母に納得させられた。


いいね!親孝行賞

  • 浜松市立都田中学校 大 野 那 王 美様
  • 浜松市立都田中学校 朧月様
  • 浜松市立都田中学校 石 原 宇 流様
  • 浜松市立都田中学校 鈴 木 舞 歩様
  • 浜松市立都田中学校 NSX様

<代表作品>浜松市立都田中学校 鈴 木 舞 歩様の作品

『お手伝い』


 親孝行大賞コンテストということで、母にどのようなことが嬉しいかを聞いた。すると
「日頃の家事を手伝ってくれるのが一番嬉しい。一つやることがなくなるだけでとても楽になるし、長い休みの間はほぼ全て手伝ってくれるからすごく助かっている」
と言っていた。それを言われてとても嬉しい気分になったのだが、その時に家事を母の仕事だと思ってしまっていたことに気がついた。本来は家族みんなで住んでいるのだからみんなで家事をするのが正しい事だと思うし、「手伝う」ではなく「家事をする」なのに、母以外の人が家事をしたときは感謝を言葉に出す。それでは母を召使いみたいにしてしまっていると気づいた。そのことに気づいた今、家族の一員として、家に住んでいる人間として手伝いではなく家事をしようと思った。


「親孝行大賞」について

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